(鉢+久々)
(嘘だろ・・・)
まず第一に、鉢屋三郎はそう思った。
外は土砂降り。予備校の入り口付近には、大きな水溜りが既に出来上がっていた。
(天気予報は晴れだったじゃねーか!)
そう。確かに今朝家を出る前にチラリと見たテレビの天気予報では、今日の天気を「晴れ」と示していた。
なのに、どういう仕打ちなのだろうか。
他の生徒たちは、三郎同様に困り果てた顔をする者、電話で迎えを頼んでいる者、カバンを頭上に載せて外に飛び出して行く者など、様々である。
「どーすっかなー・・・」
電話をしようにも、三郎の家は共働きであり、迎えを頼むことは出来ないし、走って行ってびしょ濡れのまま電車に乗るのは避けたい。
(仕方ない、雨が止むまで待つか・・・)
早々に諦め、ロビーの長椅子に座る。
(昔から何か決めるのだけは早いんだよな・・・、誰かさんと違って)
どうせ通り雨だろうし、しばらくすれば止むだろう。
そう考え、携帯ゲーム機をカバンの中から取り出した。
・・・一時間半後
(止まねえっ・・・!!!!)
外は、相変わらず大量の雨。
三郎はゲームを止めてしばし考え込んだ。
(どうする・・・?これじゃあ一日中止みそうにない)
使用している駅までは歩いて十五分。走れば七、八分といったところだろうか。
(諦めて走るか・・・)
途中で雨宿りをしながら行けなんとかなるだろう。
溜息をつきながら、カバンを持って立ち上がる。
その時、
「あれ、三郎まだいたのか?」
背後から、突然名を呼ばれて振り返る。
そこには、今しがたロビーにやってきたばかりと言わんばかりの、
「兵太・・・」
「お前、授業終わったの一コマ前だろ?何してるんだ?」
「仕方ないだろ!?終わったら雨が降ってやがるんだから!!」
つい口調が荒くなってしまったが、兵太はきょとんとして返す。
「今日の予報、最初から雨だったぞ?」
「は!?」
「週刊予報とかで見間違えたんじゃないのか?」
ふと、今朝方の記憶が蘇る。
確か今日は・・・、
「今日・・・五日だよな」
「六日だぞ」
・・・・・・
一瞬、間が空いて、
「ぬぅわぁにいぃぃぃぃぃぃ!?」
と、叫び声がロビー中に響いた。
「俺か!?俺が悪いのか!?テレビ局恨みまくったこの一時間半は何だったんだ!?つかどーする!?どーやって帰るの俺!?」
周囲が引くほど取り乱す三郎に、兵太は唖然としながらも一言、
「俺の傘・・・入る?」
「・・・」
「・・・」
バタバタッと、傘に雨粒が当たる音が耳に響き渡る。
右肩が冷たいが、それもそのはず。
傘の保護範囲から、三郎の右肩はしっかりとはみ出ていた。
同様に、兵太の左肩もシミが広がっている。
やはり、一人分の傘に二人、しかも育ち盛りの男子高生となると、非常に狭い。
双方共に痩せ型ではあるが、それでも狭いものは狭い。
「いやーでも助かったわ。あのままだと俺びしょ濡れで帰るところだったからさー」
「置き傘って手もあるだろ?」
「こーゆー時に限って一本もないんだと!ったく、先に終わった奴等が持ってっちまうから・・・」
口を尖らせて文句を言う三郎に、兵太はプッと吹き出す。
「何だよ」
「いや・・・お前本当面白いな」
「どこがだよ!人の不幸笑いやがってこの豆腐野郎!」
「傘から出すぞ「いやーんもう兵太クンありがとー!!後で豆腐奢ってあげるっ!!」
バシン!と、三郎は勢い任せに兵太の右肩を叩いた。
すると、
「痛っ・・・!!」
予想外に、兵太は顔を歪め、歩みを止めた。それを見て、三郎は慌てて背をさする。
「わ、悪い・・・!強くしたつもりはないんだけど・・・」
すると兵太は、眉間に皺を刻みながらも、口元には笑みを浮かべて返した。
「いや、強くはなかったんだけど・・・言ってなかったかな、俺・・・」
・・・右肩に、生まれつき傷があるんだ」
『ーーー兵助、もう傷は平気なのか?』
『傷、もう塞がってるの?』
『ーーーまだ痛いんじゃないのか?』
『もう大丈夫だ。ただ、痕は残るかもしれないけどーーーーー』
「・・・三郎?」
その声に我に返って見ると、兵太はその大きな目を見開いて三郎を見つめている。
「どうした?別に俺は気にしてないから大丈夫だぞ?」
・・・声が、出なかった。
八左・・・新八に紹介されて初めて出会った時と同じ、あの、痺れるような感覚。
(右肩の・・・傷)
アイツも、そうだった。
「・・・痛むのか」
「え?」
「痛むのか・・・今でも、傷」
兵太は、その問いに首をかしげながらも答えた。
「雨の日とかは少し・・・ほら、よく言うだろ?『雨の日は古傷が疼く』って。だから今日も・・・」
言いかけて、兵太はぎょっとした。
「オイ三郎!お前何泣いてるんだよ!」
「へ?」
そう言われ、頬に触れてみると、雨とは別の温かいものが一筋流れ落ちている。
「だ、だから本当に大丈夫だって!気にするな「・・・同じだ」
「は?」
「でも、違う」
「何がだよ!」
涙を手の甲で拭うと、三郎は突然兵太の肩に手を回した。
傷を考え、左肩に。
「うわっ!!何だよ!」
「何でもねーよっ」
(変わらないでいてくれて、有難う)
(でも、お前はお前でいてくれよ、兵太)
三郎(アンド雷羅)と兵太は竹谷を通じて出会うのですが、その前から実は同じ予備校に通っていたという。
私ははっちを泣かせるのが大好きです←