正門まであと5mというところで、滝姫は文字通り固まった。
(ああ…まただ)
目と鼻の先、門柱にもたれかかりながら敷地内の様子を窺う人物。
「あ!」
他校の学生服を身に纏ったその人物は、視界に滝姫を捕捉するやいなや、大声で叫んだ。
「たーきちゃーん!!!!!」
その光景を滝姫が呆然と見ていると、反応のない滝姫に痺れを切らしたのか、周囲の生徒たちの視線も気にすることなく彼女に駆け寄ってきた。
「やっと来たか!もう待ちくたびれたぞ!出てくる奴らにはジロジロ見られるし…まあいつものことだからいーけどな!」
一方的に喋り続ける相手に対し、滝姫はようやく口を開く。
「本当に貴方は…」
「?」
「うわ!七松先輩また来たんですか!?」
滝姫が言い終わる前に、背後から怪訝そうな声があがる。
同じく部活帰りの田村三槻が、明らかに引き気味な目でこちらを見ている。
「おお田村!」
「毎度毎度よく来ますね…」
「滝姫ちゃんに会いたいからな!」
「その本人はめちゃくちゃ呆れてますけど…」
そう言う三槻も呆れかえっていた。
ほぼ毎日、部活時間が終わる頃になると、目の前のこの人物は毎日必ずやって来る。
春先に部活の練習試合で初めて出会ってから、ずうっと親友を追いかけ続けているのだ。時には自分の部活動をも投げ出して。
強豪校の一部長が、果たしてこんなのでいいのだろうかとつい思ってしまう。それでなくとも、「七松康平」という名は高校バレー界で知らぬ者はいないであろうという程有名であるのに。
「よーし滝姫ちゃん!駅までダッシュだ!」
「は!?ちょ、七松先輩!?」
「じゃあな田村!」
そう言うと、康平は滝姫の手を掴み、一目散に駈け出した。
「いっけいけどんどーん!!」
「離してくださいよーっ!」
砂煙を残し、二人の姿はあっという間に三槻の視界から消え去った。
残された三槻は、しばし校門の前で立ち尽くしていた。
「全く…、先輩もよくやるなあ…」
「三槻」
「え?…うわああっ!!!!」
突然名を呼ばれ、振り返った瞬間三槻は絶叫した。
文字通り真後ろに、見知った顔があったからだ。
「綾部!近い近い!離れろよっ!!」
女のように端正な顔立ちの割に、恐ろしい程の無表情。
綾部は、言われた通りに一歩下がった。
「あーびっくりした…何か用?」
すると、相変わらず何を考えているか解らないその表情が、少し動いた。
よく見ると、若干ではあるが、眉間に皺が寄っている…気がする。
「誰」
「は?」
「今滝姫を連れて行ったの、誰」
いつもより力の入った(ような気がする)声に、三槻は半ば驚いた。
「あ…ああ、市立大川高校の男バレの部長。前に練習試合で会ってからず―――――っと滝姫を追っかけてるんだよ。なんていうか、一目惚れ?」
「名前は?」
「え?七松康平先輩」
瞬間、綾部の表情が一変した。
「七松…?」
「え、もしかして知り合いだったの?」
「いや…」
その瞳は、いつもの無感動なものではなく、珍しく感情的な、そんな色をしていた。
「知ってる人と、似た名前なだけ」
「あ、そうなんだ」
何故か安堵した三槻だったが、次の瞬間、背筋が凍った。
「ものすごく、大嫌いな人と」
「せ、せんぱ…っ!」
もうどの位走っただろうか。
街中の人込みを一気に駆け抜けていく様子は、さぞかし人々の目を引いただろう、と滝姫は思った。
元々はバレーの選手の方だった為、滝姫も体力には自信がある方だ。
だが今自分の手を引くのは、あの「七松康平」。
地元のみならず、高校バレー界、更には企業の方にまで名が通る男である。
超人的な体力の持ち主で、相手が女であろうと誰であろうと、全く手を抜くことはない。
その姿に、繋がる手に、不思議と懐かしさを覚えた。
あれ?
何故、懐かしいと思った?
「滝姫ちゃん?」
気がつくと、信号の前で立ち止まっていた。
ああ、赤信号なのか、と状況を理解すると同時に、自分が今までぼうっとしていたことにも気付く。
康平は、じーっとそんな滝姫の顔を覗き込んでいた。
「どーかしたか?」
「な、何でもないです!」
目を合わせるのが妙に恥ずかしくて、慌てて顔をそむけた。
「ただ…」
「ただ?」
「ただ、何故か…懐かしいと思っただけです」
何ででしょうね、と言おうとした瞬間、信号が、青に変わった。
青といっても、それはほとんど緑色といってもいい色である。
康平は、何故か動かない。
滝姫を見るその瞳は、先刻よりも見開かれている
その顔と、信号の色。
(あ、れ…?)
緑
先輩の、顔
何か、誰か…
「…先輩、渡らないんですか?」
気がつくと、そう口にしていた。
「…よし、行くぞ!」
(あ、いつもの先輩だ)
再び、手を引かれ走り出す。
先程の表情は、いったい何だったのだろうか。
「っ先輩!」
「なんだー!?」
「あの…」
続きを言おうとして、言葉が止まる。
「…何でも、ないですっ」
「なんだよもったいぶってー!」
「だから、何でもないです!」
――――何故、あんな事を考えたのだろうか。
解りきったことなのに。
『七松先輩、貴方は誰なんですか』
答えを知りたい自分と、知りたくない自分が、いた。
こへ→→→滝←綾 みたいなイメージで。
設定にもあるとおり、七松クンは昔のこと覚えているけど、平サンは覚えていません(田村サンも)。そして綾部クンは覚えているという…
ああ、修羅場書きたい(ごめんなさい
ちなみにこれ、康平サイドもちゃっかり頭の中でつくってあります。
後でアップしたい…と思ってます。