死ネタ・ややグロ表現有りです。
苦手な人は閲覧をお控えください。











 







俺は、「鉢屋三郎」。



「ハチヤサブロウ」なんだ。



それ以外の、何者でもない。


 


「宿題とか、やりたくねーよ…」

「だめ!一緒にやるって約束でしょ?三郎、ドリルまだ一ページも終わってないっておばさんが言ってたもん、早く終わらせなきゃだめだよ!」

「うー…」

舐めていたアイスキャンディーを、口の中で噛み砕く。

バニラ味のそれは、うだるような暑さをほんの少しだけ和らげてくれた。

三郎の左手は、従兄妹である雷羅がしっかりと握りしめていた。

内側が汗ばむことなどお構いなしである。

二人が向かうのは、雷羅の家。

目的は、三郎が背負うリュックサックの中身が物語っていた。

夏休みの宿題。

一年で一番嫌なものだ、と三郎は認識していた。

毎年毎年出されるものすごい量。ため込む型の三郎にとっては休み残り十日からが勝負期間となっている。

もともと頭の方には自信があったし、最終的には雷羅に見せてもらったり、両親に手伝ってもらったりと毎年お約束な手段をとることでなんとか乗り切ってきたこともあり、今年も大丈夫だろうと休み開始から五日間、全く何も手をつけていなかった。

が、今回は違った。

六日目の今日、突然家に雷羅が現れ、三郎の手からゲーム機を取り上げると、腰に手をあてて勇ましく言ったのだ。

『三郎!うちでいっしょに宿題やろう!』

あっという間に鞄にドリル等を詰め込まされた三郎は、異議を唱える間もなく家から連れ出されたのであった。

ちなみにアイスキャンディーは、近所の駄菓子屋の前を通りがかった時に、顔見知りである店主のおばあさんから貰ったものである。

「まだ夏休み始まったばっかりだろ?今からやらなくても…」

「だめだってば!三郎はそう言って結局みんなに頼るんだもん!わからないところはいっしょに考えてあげるから、がんばろう?」

「…うん」

昔から、三郎は雷羅には弱かった。

どんなに面倒くさいことや、嫌なことでも、雷羅が一緒だとどんなことでも素直にやり遂げてきた。

少し大雑把で優柔不断なところはあるが、面倒くさがりな三郎をいつも引っ張ってきたのは彼女であり、三郎も、心のどこかでは雷羅の存在に頼りきってしまっているところがあった。それは決して依存というわけではないが、同い年の「姉」のような存在。実際に誕生日が早いのは三郎なのだが。



雷羅がいれば、大丈夫。

そう、思っていた。



「今ね、ママがお買いものに行ってるんだけど、帰りにケーキ買ってきてくれるって言ってたよ!」

「俺、チーズケーキがいい」

「ちゃんと宿題やってからだよ!」

「りょーかい」

固く握りしめた手を、離すことは、ない。





「あらあら、雷羅ちゃんに三郎君、二人でどこかお出掛け?」

雷羅の家のすぐ前まで来たところで、聞きなれた声に二人は振り替える。

二人の後方には、すぐ隣の家の住人である老婆がスーパーの袋を携えて立っていた。

「信乃おばあちゃん!」

「…これから二人で宿題やるんだよ」

老婆は、皺だらけの口元に笑みを浮かべながらゆっくりと二人に歩み寄った。

「偉いねえ、それじゃあこれをあげようかね」

「「?」」

そう言うと、老婆は袋の中から小さな包みを取り出した。

「さっきお団子屋さんに寄ってきてねえ、一本ずつお食べ」

包みを開くと、中には醤油だれのかかった串団子が数本。

「ありがとうおばあちゃん!」

「ばあちゃんサンキュー」

一本ずつ手に取り、三郎はそのまま口に含む。

「三郎ってば、食べるの早いよ!」

「早くしないとタレが落ちるだろ?」

「最近いろいろと物騒だから、戸締りはちゃんとするんだよ」

老婆はそう言って、家の中へと入っていった。

扉が完全に閉まるのを見届けて、三郎が口を開く。

「…シナノばあちゃんって、ホント不気味だよな」

「え?どこが?」

「だって、さっき俺たちに声かける前、足音とか全然聞こえなかった。ここ一本道だし、ばあちゃん草履はいてたのにさ」

「じゃあ、おばあちゃんってもしかして忍者!?

「さあなー、でももしかしたらそうかもしれないぞ」

「でも普通のやさしいおばあちゃんだし…でももしかしたら…うー…」

団子を食べきると、悩んだまま動かない雷羅の手を、今度は三郎が引く。

「ホラ、早くいこーぜ」

「…うんっ!」





「…あれ?」

鍵穴に鍵を差し込み、回そうとしたところで雷羅は首をかしげた。

「どうした?」

「鍵が開いてる…ママもう帰ってきたのかなぁ」

そのままドアノブを回し、扉を開ける。

「ただいまー、ママ?」

「おじゃましまーす」

家の中から、返事はない。

「…あれ?」

「雷羅がカギ閉めわすれたんじゃないのか?」

「ちゃんと閉めたよ!…でももしかしたらわすれてたのかも…でも…」

(またはじまったよ…)

お約束の雷羅の「持病」に呆れつつも、三郎は耳をすませた。

(ん?)

何の物音もしないと思っていたが、よく聞いてみると、奥の方から僅かながら何か音が聞こえた。

「雷羅、やっぱりおばさん帰ってきてるよ、奥からなんか音がする」

「ホント?声聞こえなかったのかなあ」

「そうじゃねーの?とりあえず早くケーキ食おーぜ」

「宿題が先でしょ!?

「へいへい」

口ではそう言ったものの、三郎の頭の中はもはやケーキしかなかった。

靴を脱ぎ、奥のリビングへと向かう。

自然と笑みがこぼれるが、前を行く雷羅に睨まれて口を尖らせた。

「ただいまー」

カチャ、とリビングの扉を開く。





雷羅の足が、止まった。





「おい、雷…」

何立ち止まってるんだ。

そう言おうとしたが、微動だにしない雷羅の視線の先を見て、言葉を飲み込んだ。

二人の視線の先、リビングの棚の前に、それはいた。

ニットキャップを目深に被り、棚の引き出しを全て出し、中身を漁っている。

いや、棚だけではない。よく見ると部屋全体が乱されており、普段の整然とした状態とは逸脱していた。

(泥棒!?

混乱する頭で、ようやく答えを導き出したものの、身体が動かない。

雷羅も同様に、声を発せずにいた。

すると、よほど物色に夢中になっていたのか、男はようやく入口の方を振り向き、視界に二人の存在を認識した。

同時に、雷羅の身体がわずかに震え、次の瞬間、

「きゃぁ―――――――――!!!!

甲高い叫び声が、家中に響き渡った。

「ちっ…!!

男は舌打ちすると、そのまま慌てて逃げ出そうとはせず、何を思ったか懐に手を入れた。

「さっさと出てけ!警察呼ぶぞ!」

そう言った瞬間、三郎は固まった。

雷羅の口から、「ひっ…!」と乾いた叫びが漏れる。

男が取り出したのは、鈍い銀色を放つ、包丁。

血の気が、一瞬にして引いたのが解った。

雷羅は、震える腕で三郎にしがみつく。

その瞳からは、恐怖の色の涙が溢れていた。

「さぶ、ろ…」

「おい、ガキ共、金目の物はどこにある。それと、親の通帳とカードは何処だ」

「なっ…!」

「言わないと、これでぶっ刺すぞ!」

怒声に、ビクッと大きく肩が震える。

どうやら、男は二人の事を兄妹だと思いこんでいるらしい。顔や髪色が酷似しているのだから無理もないが。

しかし、いくら従兄妹とはいえ、三郎はこの家の細部までは熟知してはいない。物の場所などなおさらである。

「雷羅…おとなしく従ったほうがいいよ…」

小声で言ったものの、住人である雷羅は、恐怖で言葉を口にすることが出来ない状態だった。

この状態で落ち着いていられることの方が無理である。現に三郎も、泣きだしたいのを必死に堪えているのだから。

「オラ!さっさと言え!死にてーのか!?

痺れを切らしたのか、男は間合いを詰めると、泣きじゃくる雷羅の胸倉を掴んで引き寄せた。

―――――!!

「雷羅っ!!

咽元に包丁を突き付けられ、雷羅は更に大量の涙を零す。

「早く言わねーと、喉ぶっ刺すぞ」

「ううっ…ふぇ…」

間近で脅され、雷羅の精神はもう限界だった。

(雷羅を…助けないと…)

そう心では思っても、身体が恐怖に支配され思うように動かない。

悔しさに唇を噛みしめる。

自分は、何て無力なのだろう。

子どもだからとか、そんなことはどうでもいい。

大事な人ひとり満足に守れない、そんな自分が、





―――――――早く、早く行け!三郎っ!』





(え…?)





『僕のことはいいから、お前は早く行くんだ!』





(な…んだ…?)





『…ま、た…会い…たいな…、今度…は…戦の…無い…平…和…な…』




(なんだよ、これ!!




視界の中の包丁が、銀色の光を放った。

ただの反射光にすぎなかったのだが、三郎の脳裏に、光と共に「何か」が勢いよく流れ込んだ。

自分ではない、けれどよく知っている者の叫び、断末魔、最期の言葉…

「うっ…!」

途端に、頭に激痛が走る。

目の前で凶器を突き付けられる雷羅の姿が、「何か」と重なった。

(雷…羅…)

あまりの痛みに、倒れそうになるのを懸命に堪える。

「何処にあるのかさっさと答えろ!!

男の言葉が、脳内に響く。

(あ…れ…)

今の言葉を、何処かで耳にした気がする。

ここではない、もっと、もっと違う場所で。



包丁の銀色が、「何か」に重なる。

男の姿が、「何か」に重なる。

雷羅の姿が、「何か」に重なる。



――――――――
!!

上から下に、一気に身体中の血液が流れ落ちる感覚。

それと共に、脳内で一瞬にして、「何か」が弾けた。












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「あの」日。

三郎と雷蔵は、所属するとある城の城主の命により、大事な書簡を同盟国の大名に届けるために夜の林を駆けていた。

「ねえ三郎、今思い出したんだけどさ、この前忍術学園から文が届いたんだ」

「ほう、何て書いてあったんだ?」

書簡を狙う者が何処に潜んでいるか解らない。二人は他愛無い会話さえも、全て矢羽音で交わしていた。

「今度大がかりな実習を組むらしいから、手伝いに来てくれないかって」

「おもしろそうだな、組頭にとりつけてみようか」

「三郎、行く気満々だね…」

「雷蔵だってそのつもりだろう?」

「アハハ…勿論」

林を抜けさえすれば、大名の城はもう目と鼻の先である。

早急に忍務を終わらせて、懐かしい学び舎に顔を出したい、と二人は思った。

知っている後輩は全て卒業してしまっているが、先輩も含め何人かは学園の教師の職等に就いている者もいる。もしかしたら、方々に散った輩の中には、同じように文を受け取った者もいるかもしれない。

「敵としてではなく、見知った顔に会うのは純粋に嬉しいからね」

「同感だな」

思わず笑みがこぼれる。

が、次の瞬間、場の空気は一変した。

地を走る二人の足下に、カカッと何かが突き刺さった。

寸でのところで飛びのけ、双方は茂みに身を隠した。

見ると、地に刺さっているのは八方手裏剣である。

「三郎…書簡は?」

「懐に縫い合わせてある」

「よし、僕が囮になる。その隙にお前は走るんだ」

「解った」

雷蔵を危険な目に遭わせたくはないが、二人とももう立派なプロの忍である。どのやり方が一番効率の良いものか、瞬時に判断し行動に移さねばならない。

「雷蔵」

「何?」

「怪我、するなよ」

「…解ってる」

経験から、敵の人数はそう多くはないと見た。ならば雷蔵一人でも、囮役なら十分にこなせるだろう。

雷蔵は、静まり返った林の道へ、再び身を戻した。

素早く、懐から苦無を取り出す。

と同時に、木々の間から、忍が二人、飛び出してきた。

飛んでくる手裏剣を、雷蔵は次々と叩き落としていく。

敵の姿を確認すると、雷蔵は眼で三郎に合図を送った。

それを確認して、三郎は茂みの中を駆けだした。

三郎の存在に気付いた敵忍は、慌てて追いかけようとする、が、

「何処見てるの?」

囁きが脳まで達した頃には、既に敵忍の喉元に深々と苦無が突き刺さった状態だった。

鮮血と共に、砂ぼこりが宙を舞った。

間合いを取り、万が一に備えて武器を構える。が、どうやら完全に仕留めたようだ。

地に倒れる屍を見て、雷蔵は何か違和感を感じた。

(おかしい…こんな容易く仕留められるなんて…)

倒した二人には確かに息は無い。しかし違和感は拭えない。

――――――まさか!)






「雷蔵…大丈夫だろうか…」

共に戦いたいものの、自分の役目は書簡を守ることである。

来た道を振り向くことさえも我慢して、先を急ぐ。

が、

――――っ!」

頬に走った痛みに、思わず顔をしかめた。

どうやら、まだいたらしい。

毒は塗られてはいなかったようだが、傷が深いようで、頬からは血が止まらない。

「くそっ!」

あと少しで城なのに。

放たれる手裏剣を、忍刀でかわす。

「書簡は何処にあるか答えろ!」

敵忍の声が響く。

自分が殺されれば、書簡を奪われてしまう。

(人数が多いと厄介だぞ…)

その時、

「三郎っ!!

声と共に、キィン!という金属音。

足を止め振り向くと、雷蔵が敵忍の短刀を防いでいた。

「雷蔵!」

「何してるんだ!早く、早く行け!三郎っ!」

「しかし!」

何か、嫌な予感がした。

相手の忍は雷蔵よりも一回り大きく、刀を抑える雷蔵の額に汗が滲んでいる。

「僕のことはいいから、お前は早く行くんだ!」

追い打ちをかけるように、脳裏に何故か昔の記憶が蘇る。

学園での楽しかった日々、城使えとしての日々。忍として、光と闇両方を、共に味わってきた。

足が、動かない。

「三郎!」

「くっ…!」

雷蔵の叫びに、意を決して再び走り出そうとした、その時、






ドスッ、という鈍く響く音が、三郎の耳に入った





 

三郎の眼は、大きく見開かれた。

隠し持っていたのか、雷蔵が先程まで防いでいたものとは別の短刀が、深々と彼の腹に突き刺さっていた。

雷蔵の眼もまた、三郎同様に大きく見開かれている。

「ぐぁ…」

力が緩んだのか、雷蔵の忍刀を弾き飛ばすと、敵忍は残りの短刀で雷蔵の胸を貫いた。

もう声も発せられないのか、雷蔵の身体はただ崩れ落ちるだけだった。

突き刺さった刀が、月の光を反射し銀色に光った。

―――――貴様ぁっ!!!!

三郎は瞬時に間合いを詰め、敵忍の懐に飛び込んだ。

相手が武器をとるよりも早く、その首に刃が走った。

「よくも、よくも雷蔵をっ!!

続けざまに胸に忍刀を突き立てる。

首を切られた時点で片は付いていたのだが、怒りと自責の念に支配された三郎は、何度も何度も屍に刃を突き刺した。

「くそっ!くそおっ!!

「さ、ぶろ…」

か細い声に、三郎の手が止まる。

振り向くと、雷蔵が薄く眼を開いた状態で、こちらを見ていた。

「雷蔵!」

「さぶ…ろ…、ごめ…」

「喋るな!今刀を抜く!」

雷蔵の首が、僅かに横に動く。

もう、無理だということは明らかだった。

三郎は、雷蔵の傍に駆け寄ると、その身をそっと抱き寄せた。

「すまん、すまん雷蔵…、私が…私が…」

「あや…まらな…いで…」

三郎の忍装束に、雷蔵の血が染み込んでいく。

「な…んか…さぶ…ろ…と…、ひと、つ…に…」

「もういい!喋らないでくれ!」

「さ、いご…だ…から…」

「最期だなんて言うな!」

目の前の現実を、三郎は必死で拒絶した。

一番受け入れたくない現実。起こしてしまったのは、自分。

三郎に非があるわけではないが、それを素直に受け入れる状態ではなかった。

「会いた…い…」

「え…」

「…ま、た…会い…たいな…、今度…は…戦の…無い…平…和…な…」






言葉は、そこで途切れた。

その続きが、三郎の耳に届くことは、永遠に無かった。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




三郎の頬を、一筋の涙が伝った。

「らい、ぞ…」

「おいガキ!突っ立ってる暇があったらさっさと言え!」

雷羅の胸倉を掴んだまま、男は包丁を三郎に向けた。

「さっさと言わねーと「誰が言うものか」

言葉を遮られて、男は一瞬戸惑いの色をみせた。

その瞬間だった。

三郎は包丁を持つ男の手目がけて、持っていた団子の櫛を突き刺した。

「ぐあっ!!

突如襲われた激痛に、男は雷羅と包丁の両方を手から離し、その場にしゃがみ込んだ。

次の瞬間、男の眼前には、三郎によって包丁が突きつけられていた。

「ひっ…!」

「よくも雷蔵を…!」

己が今何と言ったのか、三郎は判断出来る状態ではなかった。

怒りのままに、男目がけて包丁を突き刺そうとした。

「三郎!やめて!」

ぴた、と、三郎の動きが止まった。

見ると、彼の腕に雷羅が必死でしがみついている。

「雷、羅…」

その顔を見て、ようやく三郎は落ち着きを取り戻した。

包丁が、床に落ちる音が響く。

男は、先程までの勢いは何処へやら、気を失って床に倒れていた。

(ここは…)

「さぶろぉ…三郎…」

泣きじゃくる雷羅と、周囲を見回し、三郎の脳内で「何か」がはっきりと現れた。

(そうか…『私』は…、『俺』は…)

その時だった。

「どうかしましたかっ!?

玄関の方から声がしたと思うと、バタバタと足音がリビングに向かってくる。

二人の目の前に現れたのは、見たことのない女性だった。

「これは…!」

「早く、警察に」

「ええ」

三郎の言葉に、女性は持っていた携帯電話ですぐに警察に通報した。

未だ泣きやまない雷羅を、三郎はそっと抱きしめる。

そうだ、そうだったのだ。

何故、忘れていたのだろう。

また、会えたのに。

こんなにも、近くにいたのに。

「ごめん…ごめん、『雷蔵』…」






女性の通報で駆け付けた警察に、男は連行されていった。

雷羅はその後気を失ってしまい、連絡を受けて帰って来た母親がベッドで休ませたが、目を覚ました時には彼女の中からその時の記憶だけがすっぽりと抜け落ちていた。

思い出さない方がいい、と、警察の調べは全部三郎が引き受けた。

駆けつけてくれた女性は、話によると隣の老婆の孫だという。雷羅の叫び声が聞こえたので何事かと見にきたようだ。

その日から、三郎が、少しだけ、ほんの少しだけ、変わった。






「ええ
!?三郎もう夏休みの宿題おわったの!?

「ああ、けっこう簡単だった」

「うそ…私よりはやい…」

雷羅の部屋では、部屋の主である雷羅が夏休みの宿題を、三郎が携帯ゲームをするという、去年まではあり得ないような光景が広がっていた。

あの三郎が、宿題を終わらせた。それも、自分より早く。

雷羅は、その現実が未だ受け止められず、鉛筆が全く進んでいない。

「…って」

「え?」

「三郎帰って!勉強の邪魔!!

怒鳴り声に、三郎は唖然とする。

「雷羅、悔しいからってそんなに怒らなくても…」

「くやしくなんかないもん!いいから帰って!」

「なんだよ、せっかく人が遊びに来たのに…」

ぶつぶつ言いながら、自宅に向かう。

宿題が早く終わったのは当り前だろう。元々「頭が良かった」のだから。

何処もおかしくなんてない。これが、「鉢屋三郎」なのだ。

「俺は、『鉢屋三郎』なんだ」

それ以外の、何者でもない。

「おや、今日は三郎君一人かい?」

突然発せられた声に、三郎はハッとする。

目の前に、いつの間にか老婆が立っていた。

「信乃ばあちゃん…」

「ちゃあんと前を見て歩かないと怪我してしまうよ」

「ああ…解ってるよ…」

老婆は、「今日はあいにくあげられるものが無いんだよ」と言ったので、三郎は先日の団子の礼をした。

あの団子のおかげで、助かったと言っても過言ではない。

「それじゃあ、気をつけて、前を見て帰るんだよ」

「はーい」

子供らしい返事を返し、再び歩き出そうとして、ふと立ち止まる。

振り返り、老婆に向かって一言、言った。








「助けに来てくれて有難う、センセイ」







老婆の歩みが、止まる。

しかし、三郎の方を振り返ることはない。

「じゃあね」

再び、三郎は歩き出す。

過去を振り返ることはしたくない。

けれど、過去と共に在るのは、悪いことではない。

それが、どんなに辛く、苦しいものであっても。




「俺は、大丈夫だ」




何故なら、君が傍にいるから。



そうだろ?



 





駄文失礼いたしました!!!
ずっと書きたいと思っていた、三郎が記憶を思い出すまでの話です。
転生パラレルの設定を考え始めて、最初に決まったのはこの二人です。
双忍、特に雷蔵大好きな皆様には不快な内容になってしまったと思われます。スミマセン;;;


え、おばあさんの正体?それは皆様のご想像にお任せします☆(ヲイ