※途中に死ネタ有です。苦手な方は閲覧をお控えください。←内容についてはこちら
全員小学生設定です。














 

≪その絆は途絶えることなく≫







 








…再び「奴」と出会ったのは、幼馴染の稽古の見学のため、道場に足を運んだ時のこと。

まだ、小学生の頃であった。




場内は熱気に包まれ、防具に覆われた人々ばかり。僅かな隙間からその顔を判別することは非常に困難である。

辺りを見回すと、壁際で幼馴染の姿を見つけ、仙太郎は声をかけた。

「伊咲」

「あ、仙ちゃん!どうしたの?」

「ちょっと見に来たくなってな」

「珍しいね、仙ちゃんがこういうところに来るの」

防具を取り、座って休んでいるその隣に、一旦腰を下ろす。

聞くと、丁度稽古が終ったところだという。

すっかり汗だくになった顔をタオルで拭きながら、伊咲は笑った。

その笑みに、どうしても「昔」の姿を重ねてしまう。

「彼」も、よく笑っていたから。

「仙ちゃん?」

「あ、いや…」

顔をまじまじと見られ、仙太郎は「何でもない」と返す。

幼い頃から共に育ってきた所為か、彼女にはほんの少しの気の変化もすぐに感じ取られてしまう。

よく、怪我を隠してもすぐにばれたものである。

今も昔も、「こいつ」は変わらない。

何かと不運に見舞われるところも、お人好しなところも。









…仙太郎が全てを思い出したのは、七歳の時。

きっかけは、伊咲だった。

まだ何も知らなかったある日、下校途中に、仙太郎の目の前で彼女が車に撥ねられたのだ。

幸い命に別状は無かったものの、その出来事が全てを変えた。

血を流して倒れている伊咲の姿に、「仙太郎」の見たことのない何かが重なった。

「彼」の姿が。

「彼等」の姿が。

そして、「奴」の姿が、滝のように頭の中で流れ落ちていく。

あまりの衝撃で、仙太郎はバランスを崩し、その場に座り込んだ。

体中の震えが止まらない。

伊咲に駆け寄る車の運転手、道を歩いていた人々。

それら全てが、遠いもののように思えた。

自分が、何者なのか解らない。

何故、此処にいるのかが解らない。

何故自分が今、

涙を流しているのかが、解らない。

コンクリートの地面が、やけに冷たく感じた。

自分が知っているのは、乾いた土。

排気ガスではなく、硝煙の臭い。

そして、鮮やかな血の色。

ふらつく足で、伊咲に駆け寄る。

触れた手は、温かい。

(冷たくない)

最後に触れた「彼」の手は、氷のように冷たかった。

既に乾いた大量の血が、憎らしいほど鮮やかだった。

その姿に、冷静を装うことがやっとだった。

(お前は、生きているな)

ポタリと、伊咲の頬に涙が落ちる。

(『あの日』は、こうして泣いていたのは、留三郎だった)

二度と動くことの無い亡骸を抱きしめ、いつまでもその名を呼んでいた。

それを、自分はただ見つめていた。

「伊咲…伊咲…」

今の自分を彼が見たら、何と言うだろうか。

気を失っているその顔は、紛れもなく「善法寺伊咲」のもので。

それでも、肌に感じるのは、在りし日の「善法寺伊作」の温もりで。

この温もりを護らなければならないと、仙太郎はそう思った。

再び彼女が、愛する者と出会う日まで。









それから数年が経過したものの、仙太郎の周囲に、「彼等」が現れることは無かった。

ふと、自分のこの記憶はまやかしではないかとさえ考えてしまう。

今隣にいる伊咲が、果たして本当に「善法寺伊作」だった者なのかという点も確証がない。

彼女には、記憶が無いのだから。

彼女に感じる「懐かしさ」と、日頃の不運ぶりくらいしか、今のところ要素がない。

やはり、ただの思い込みなのだろうか。

「仙ちゃんまた変な顔してる。難しいこと考えると、熱が出るよ?」

「ああ…悪い…」

「あの頃」とは違う、平和な世界。

命の奪い合いが、当たり前のように為されていた。

目的のためならば、見知った者も葬った。

胸を締めあげるようなこの感覚は、まやかしであるはずがない。


『死ぬなよ』



遠い遠い場所に置いてきたその言葉が、ふと頭を過る。

無愛想な顔。

「奴」もまた、何処かでこの平和を感じているのだろうか。













「伊咲」






突然、頭上から声が降ってきた。

見ると、上から下まで防具で包まれた人物が、(おそらく)こちらを見ている。

顔が見えない所為で、男女の判別がつかない。

(何だ…?)

仙太郎は、胸の奥に妙な違和感を感じた。

不安や恐怖などとは違う、何か。

「もう稽古は終わったのか?」

聞いたことのない声。

だが、その口調が、どこかひっかかる。

困惑する仙太郎とは対照的に、伊咲は笑顔だった。

「うん!そっちもおしまい?」

「まあな、今日こそ先生に勝てると思ったが…」

駄目だった、と悔しそうに言いながら、その人物は伊咲の横に腰を下ろした。

そして、面の紐を解きながら、

「ところで、誰だそいつ?」

と、仙太郎の方に首を傾けた。

シュル…と、絹擦れ音が響く。

「幼馴染の仙ちゃん!ほら、前に話したでしょ?」

「ああ、頭が良いとかなんとか言ってた…」

やがて、紐が完全に解けると、覆っていたものが取り払われた。

仙太郎は、文字通り絶句した。

同時に、何か大きなものが、胸に込み上げてくる感覚に襲われた。
















――――最高の級友であり、一番信頼できる仲間。

「奴」は、そんな表現が相応しい男だった。

口煩く、うっとおしい位熱い面が、自分にとっては妙に羨ましいものだった。

全く対照的な二人だったが、六年間の生活の中で、一番近くにいた。

誰よりも、互いのことが解っていた。

口にすることはなかったが、忍術の才に秀でた「奴」が、教師の道に進んだことを誰よりも喜んだのは、この自分かもしれない。

全てを解りきっていたからこそ、敵として向かい合いたくなかった。

「奴」を消せという命が下ったとして、果たして自分はそれを実行できただろうか。

甘いのは、どちらだったのだろうか。








「…いつになれば身を固めるのか、と、田舎の親から文が届いた」




「ほう」

久方ぶりに訪れた学園の食堂で、茶を啜る。

目の前には、すっかり黒の装束が板についてきた、「奴」の姿。

相変わらずの目元の大きな隈に、どこか妙な安心感を抱いてしまう。

「『ほう』ってお前なあ…」

「素直に嫁を貰えば良いだろう、話が無いわけではあるまい」

そう言って、もう一口茶を啜る。

月日は流れ、二十八の春を迎えていた。

「まあ…無いことはないが…」

「なら話は早い」

元々学園長への書簡を届けに来ただけなのだが、門前で呼び止められ、今に至る。

真剣な顔で何を言い出すかと思えば。

「もういい歳なんだ、覚悟を決めろ」

「なっ…!そういうお前はどうなんだよ!」

「生憎女に興味はないものでな、仕事も忙しい」

組頭補佐の立場上、とてもじゃないが所帯を持つ余裕は無い。

「相変わらずだな」

「その言葉そっくり返す」

どちらともなく、口元に笑みが浮かぶ。

暫く会わずとも、根柢はそう簡単に変わるものではない。

空の湯呑を置くと、傍に置いてあった笠と荷を持ち、立ちあがった。

「もう行くのか」

「長居は無用だ、城へ戻って報告をせねばならんしな」

「そうか」

門まで送る、との言葉に、素直に甘んじる。

短い距離の中、互いに口を開くことはない。

事務員が実家に里帰り中の為か、門の付近はとても静かだった。

桜の花弁が、風に乗って美しく舞い落ちる。

もう何度見た景色か。

「先生方に、宜しく伝えておいてくれ」

「おう」

「生徒にあまり無理をさせるなよ」

「…おう」

「何故間を置く」

ギイ…という鈍い音と共に、門戸がゆっくりと開く。

一歩外に出れば、再び死と隣り合わせの世界。

とうに慣れたものだが、学園に足を運ぶ度、その温度差を思い知らされる。

修羅の世故、かつての仲間達の死も、避けては通れない道である。

割り切ったつもりでも、歯痒いものがある。

「…仙蔵」

外に出ようとして、突然名を呼ばれ足を止める。

振り返ると、変わることのない無愛想な表情で、それでも、瞳は真っ直ぐこちらを見ていた。

「…死ぬなよ」

「…ああ」

「骨は拾ってやらんからな」

「物騒なことを言うな」

「…仙蔵」

「何だ」







「俺の伴侶は、後にも先にも、お前だけだ」








その瞬間、周囲を染めた桜吹雪が、今も忘れられない。

柄に合わない言葉に、「馬鹿者が」と呟いた。

確かに、どんな女子よりも、「奴」のことを解っていたつもりではあった。

六年、いや、それ以上の月日で培った絆は、夫婦のそれを超えていると言っても過言ではないだろう。

たとえ、共に居なくても良い。

心が共にあれば、それで良いのである。

結局、「奴」はその後、所帯を持つことは無かった。

無論、自分も。






















まず視界に飛び込んできたのは、目元の隈。

そして、皺の寄った眉間。

頭の手拭いを取り払うと、現れたのは伊咲よりも遥かに短く切りそろえられた髪。

開口一番、その人物は言った。

「…どこかで会ったことないか?」

「…どういう事だ」

「その口調も、どこかで聞いたことある様な…」

首を傾げる相手に、仙太郎は返す。

「奇遇だな、私もそう思っていたところだ」

「?そうか」

鼓動が速い。

ずっと探し求めていたものを見つけたという感覚。

待ち望んでいたものが、現れた瞬間。

「仙ちゃん、この子は道場の友だちで…」




「潮江亜文。よろしく」




手を差し出されていることに気付いたのは、数秒後のこと。

「…立花、仙太郎だ」

「何か、二人とも堅苦しいね…」

横から、伊咲がぽつりと言う。

「珍しい名前だな」

「ああ、よく言われる」

伊咲には負けるけどな、と苦笑する亜文に、仙太郎は先程から気になっていたことを尋ねた。

「…その隈は、寝不足か?」

「あー…やっぱりその質問か」

どうやら、よく聞かれることのようだ。

目元を指でなぞりながら、溜息を一つ吐く。

「生まれつきなんだよ、医者も原因不明って言ってるし。まあ害は無いらしいから、そのままにしてあるけどな」

「生まれつき…」

これは偶然か?

鼓動は、相変わらず速い。

「どうかしたか?」

「あ、いや…」

「もう、また仙ちゃん変な顔してる!」

伊咲が口を尖らせる中、亜文はしばらく仙太郎を見つめ、そして、

「…やっぱり」

「え?」

「さっきから思っていたんだが、」





「どうも、お前を見てると懐かしい感じがする」





亜文の表情に、うっすらと笑みが浮かぶ。

「伊咲と初めて会った時もそうだった。昔どこかであったことがあるような、そんな感じがするんだ」

「きっと、生まれる前は友達だったんだよ!」

「だからオレはそういう非科学的なものは信用してないと言ってるだろーが…」

二人の声が、遠く感じる。

まるで、「あの頃」の二人を見ているようで。

再び、このような日がこようとは。

同時に、自分のこの記憶が、決してまやかしではないことを、強く思い知らされる。

そうだ。

確かにあの頃はあった。

そして、今ここに、再び。

「…相変わらずだな」

「何か言ったか?」

「…いや」

何でもない。

そう言った仙太郎の表情は、伊咲も見たことがない程、晴れやかなものだった。

培った絆は、決して脆いものではない。

再び巡り合わせてくれたそれに、心から感謝する。















<オマケ>

「じゃあ私たち着替えてくるから、仙ちゃんは外で待っててね」

「ああ」

更衣室に向かう二人と別れ、道場の外へと向かおうとした。

(ん…?)

が、突然足を止め、振り返ると、更衣室に入ろうとする幼馴染を、呼び止める。

「…おい、伊咲」

「何?」

「何故潮江も、『そっち』なんだ?」

そう言って、女子更衣室の方を指差した。

伊咲はともかく、亜文がそちらに行く理由が解らない。

首を傾げる仙太郎に、伊咲と亜文は顔を見合わせると、二人同時に噴き出した。

「…何が可笑しい」

「いや…やっぱり仙ちゃんも、そう思ってたんだな…って」

「気にするな、よく言われることだ」

「よく言われる…?」

「私も初めて会ったときは、勘違いしてたもん」

「勘違い…?」

「亜文は女の子だよ」

鳩が豆鉄砲をくったよう、とは、まさにこの表情をいうのかもしれない。

仙太郎は、あまりの衝撃に完全に固まってしまった。

「大丈夫か?あいつ」

「仙ちゃん、あんまりこういうこと慣れてないから…」







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仙太郎は過去についてはかなり割り切ってそう。
仙蔵と文次郎の関係は、どちらかというと友情。
仙太郎と亜文がどうなるかは、まだ未定です。
モバイル部屋の小噺も参考にどうぞ。